一期一会

これまで、いろんな人と出会ってきたが、突然の別れも多く経験した。
昨日まで元気だった人が、急にいなくなる。
こういう時、悲しいというよりも、信じられない気持ちになる。

だから、人と接する時は一期一会の気持ちで、と思う。
友人とも会える時は、なるべく会うようにしている。
次に、必ず会えるとは、限らないのだから。

こういう風に思うのは、自分が年をとったからなのか。
それも、あるだろう。
しかし、年齢に関わりなく、人の出会いというのは一期一会である。

これは茶道から、生まれた言葉である。
「一期」は仏教語で、人が生まれてから死ぬまでの間のことを意味する言葉だそうだ。
その人生にたった一回の出会いに、なるかもしれないのだから、大切にしなければ。

利休の映画が、公開されている。
今までにも、いろんな切り口で利休は描かれているが、実際のところ、彼はなぜ切腹を選んだのか。

秀吉に頼りにされて、決して嫌われてはいなかったと思う。
しかし、利休も元は武士であった。
秀吉の政治に対して、思うところがあったのだろう。

利休のもとには武将が集まり、茶会を何度も開いている。
横暴な秀吉にも、茶の席では謙虚であれと、教えたかったのであろう。
自分の死よって秀吉に、反省を促したかったのか。

利休は、死ぬ時は武士らしく、切腹したかったのだろう。
彼の生き方を見ていたら、そう思える。
利休の生きた時代、大阪は賑やかであったろう。

洛中洛外図に描かれているように、商売は繁盛して、人々も幸せに暮らしていたのだろう。
絵をよく見ると、魚、野菜、の他に菓子を売ってる店や、中には茶壺に「茶」と書いた看板も見える。

そこには茶席に使う、抹茶も売っていたのだろうか。
茶道具や茶釜も、売っていたのだろう。
そういう繁栄を極めた大阪の街を、いつまでも残しておきたかったのは

秀吉も利休も、同じであったろう。
利休の助言を受け入れていたら、秀吉の時代も、もう少し長らえたかもしれないと思った。

Bookmark the permalink. Follow any comments here with the RSS feed for this post.
Both comments and trackbacks are currently closed.